「人体 ミクロの大冒険 第3回 あなたを守る! 細胞が老いと戦う」/NHK スペシャル/2014.04.06 - 21:00~21:49

2014年04月20日 22:46

私たちの始まりはたった一個の細胞・卵子。
その卵子が60兆の細胞となり変化を続けていくのが私たちの一生です。
学び、成長するとき。
私たちの内側では細胞たちが変化して学習や経験を記憶していきます。
やがて成熟していく心と体。
愛し、慈しむ感情も細胞から湧き出していることが分かってきました。
60兆の細胞が織り成す私たちの体の不思議を旅してきたシリーズ「人体ミクロの大冒険」。
きょうのテーマはいよいよ細胞の終わり「老いと死」です。
これまで、老いとは歳月とともに全身が漫然と衰えていくことだと考えられてきました。
ところが、最新研究によって 体の衰えの根底にはたった一種類の細胞があるという

驚きの事実が明らかになってきました。
その細胞とは何か。
そして、その発見はどんな未来を私たちにもたらすのか。
最終回の物語の始まりです。


〈老いの正体とは何か。〉

捉えられたのは免疫細胞の異常な姿です。
病と闘う免疫細胞が、逆に、さまざまな病を引き起こしていることが分かってきました。
健康を守る細胞が、なぜ寿命をむしばむのか。
60兆の細胞で成り立つ私たちの宿命が深く関わっています。
                     「私たちの最も気になる老化や死を細胞から解き明かしていきます。」

          今日のゲストは、阿川佐和子さんです。

                     「私も、この歳になって、あなたの血管は70歳ですって言われました、お医者さんに。」

 「昔若い頃に、舞台上で縦方向に跳べたりしていたのが、

                  今はアキレス腱が弱くなったり、痛くなったりするので、最近はやらないです。」

             「それで病院に行くと、大体はもう冷たいことを言われるんだよね。それは、老いですと・・・」

「確かに老いというのは、私たち避けることはできません。
                 ただ、細胞の研究をしていると、老いとはなんだろう?

                 老いを理解することによって“老いを防ぐ”ということにもつながるかもしれません。」

 

細胞から探る老いの正体。

まず最初に訪ねた舞台は、地中海に浮かぶイタリア・サルデーニャ島。
じつは、この島は長寿の人の割合が世界一高いことで知られています。
100歳を超えた高齢者は5000人に1人。世界平均の2倍に上ります。
島では、健康で長生きできる秘密を探ろうと、さまざまな研究が進められています。
老化研究者、ルカ・ディアーナ博士(カリフォルニア、バーグレー校)もその一人です。
高齢者を訪ね、長寿の人の共通項がないか調べています。

ルチア・セラリスさん100歳です。

調査では高齢者の日頃の暮らしぶりなどを細かく洗い出していきます。
衰えを知らない高齢者の元気さに驚かされることも。
ルチアさんから遅れること2週間。

やはり100歳になったジュリオ・ポッダさんです。


”独り暮らしで、食事の用意も自分でこなしています。
博士たちが調査した高齢者は延べ3000人。
血液を調べると、“ある細胞と長寿の関係が浮かび上がってきた”といいます。

その細胞とは一体、なんなのでしょうか。

サルデーニャ島の高齢者を調査した結果、免疫細胞に特徴がありました。

免疫細胞が非常に効果的に働き続けていることが分かったのです。

免疫細胞。 


そう、病原体と闘い、体を守ってくれる心強い細胞です。
じつは、免疫細胞の働きぶりには年齢によって大きな違いがあります。

血液から採取した免疫細胞に病原体を入れて観察しました。

20代では、すぐに病原体を見つけて駆け寄っていきます(好中球)。
一方、60代の免疫細胞はほとんど動きません。病原体の居場所が分からなくなっているのです。

サルデーニャ島の高齢者は、この免疫細胞が衰えていない、いわば20代の動きを保っているというのです。

「長生きの大きな要因は、遺伝を別にすれば、なんといっても免疫でしょう。

特に100歳以上の高齢者は、免疫の細胞が非常に強いことに驚かされます。

免疫細胞。病原体に対して、非常に抵抗力が高いのです。」

免疫細胞の数は大人の場合、およそ2兆個。それが60兆のあなたの全身の細胞を守っています。
早速、免疫細胞たちに会いにいきましょう。
向かうのは、体の中心を走る背骨。 更に、その中。 骨髄です。

 赤血球や免疫細胞を作り出すところです。
免疫細胞は、ニッチと呼ばれる特別な場所(造血細胞を維持する特別な微小環境)で作られます。

その数、1日1000億以上。
一口に免疫細胞といってもその種類はさまざまです。

その一つ、T細胞です。
その働きは、侵入した異物が敵かどうかを判断すること。
ほかの免疫細胞に命令を下す、いわば司令塔です。

免疫細胞は、血液に乗って全身を巡ります。


骨髄の血管には、ミクロの通り穴があります。
血管に入った免疫細胞たちは、見事なチームワークで外敵と闘います。


まず最初に働くのは、偵察専門の免疫細胞である樹状細胞です。
異物を見つけると素早くキャッチ。
すかさず、司令塔であるT細胞のもとへ運んでいきます。
T細胞は、その異物が攻撃の対象かどうか判断します。
あ!何か噴き出しました。

これはサイトカインといって、攻撃の命令を伝えるための物質です。


命令を受けて働き始めるのがマクロファージ
病原体を次々と食べていきます。


T細胞を中心としたチームプレー。
この働きなくして私たちの健康を保つことはできないのです。


免疫細胞の働きと健康な長寿が密接に関わっていることは、別の研究からも浮かび上がっています。
イギリスのバーミンガム大学は衰えた免疫細胞を、ある方法で改善させることができたと報告しました。
それは、運動です。
一日に僅か5分の運動をするだけでも免疫細胞の働きに変化が現れるというのです。
運動を行う前の免疫細胞は、1箇所から、あまり動きません。
ところが、5分間全力で自転車をこいだあとは、免疫細胞の変化を見れば一目瞭然。
運動によって筋肉から分泌された物質が免疫細胞を活発にさせたと考えられています。

「幸せで健康な老後を望んでいるのならば、日頃から運動を心がけるべきでしょう!」

短い時間の運動でも、免疫細胞の改善をすることはできるのです。

                                           
これまでも健康維持には欠かせないとされてきた運動。
じつは、免疫細胞に対して働きかけ健康を促進していたことが確認されたのです。
免疫細胞の働きを若く保つことが老化研究の新しいターゲットなのです。


   「ああいうふうになってるわけですね。」
   「免疫のシステムというのは、本当に高性能で、外から入ってきた細菌であるとかウイルス、

          これをやっつけるのは当然ですけれども、体の中でがん細胞が生まれてしまう。
          これは自分の細胞なんですけれども、正常な細胞とは違う。

                    その違いを見つけてがん細胞も攻撃します。」

   「じゃあ、免疫の細胞っていうのは、ちゃんと正常に働いていると、自分の体の細胞か、

          そうでないものかっていうのを一瞬にして見分けてるわけですね。」
   「それが、すごいですよね。間違いは起こるだろうって…。」
   「私たちがこうやって、外で普通に息をして普通に食べれるのは、

          免疫細胞が頑張ってくれてるからなんですけどもでも、

          それが自分の細胞を攻撃しだしたりすることによって老化の原因になっているのも事実です。」


私たちの体を病原体から守ってくれる免疫細胞たち。
ところが今、『この免疫細胞こそが老いや病を引き起こす大きな要因だ』という

衝撃の事実が明らかになっています。


皆さん! 歳をとると増えてくる病気といえば何が思い浮かぶでしょうか。
脳出血、心筋梗塞動脈硬化や慢性肝炎。あるいは骨粗しょう症など。
こうした年齢とともに増える病気、そのほとんどは免疫細胞が深く関わっているのです。
体を守るはずの細胞が逆に体を壊していく。
その決定的な映像を捉えたのはバイオイメージングという最新の技術です。
特殊な顕微鏡で、生きたままの体内を観察し、細胞の動く姿を見ることができます。


世界で初めて捉えられた肝臓内での免疫細胞の姿です。
緑色に光っているのが免疫細胞マクロファージ。
本来は病原体の侵入に備えてゆっくりとパトロールしています。


ところが、こちらの肝臓では大量のマクロファージが1か所に群がっています。
中心にいるのは病原体ではありません。
肝臓の細胞です。
本来、守るべき細胞に群がり攻撃を加えているのです。
いわば免疫細胞の暴走です。
この状態が続くと慢性肝炎になってしまいます。

本来、敵と見方をしっかり、

働くべきところとそうでないところをしっかり見分けるべきなんですけれども、

何らかの誤作動が起こってですね、間違って

本来、敵でないようなものに対して攻撃を始めてしまうというのが免疫の暴走であり、

それが組織を破壊して、大きなめでの老化につながっていくことが分かっています。


こちらも最新のバイオイメージングが捉えた血管の映像です。
連なって流れているのが赤血球。
血管の壁に、はりついている青いものがマクロファージです。
病原体がいないのに居座っています。
血管が狭くなっていると言われた阿川さん、よーく見ててください。


血小板が呼び集められてきました。
血管がどんどん狭くなっていって…。
あ!ついにストップ。
必要もないのに血を止めてしまうこの状態が、やがて動脈硬化につながります。
これは、実際に動脈硬化を起こした血管を切り開いたものを観ても分かります。
マクロファージが、1cm四方におよそ10万個が群がって、血管がデコボコになっています。
マクロファージの不必要な攻撃がこれだけのダメージを与えてしまったのです。


では、ここからは、免疫の専門家をお迎えし、免疫と老化について伺っていきましょう。
  「お巡りさんがいっぱいいるっていうことは、

       体を守ってくれるっていう感じがするんですけど、多すぎてもいけないんですか?」

    「お巡りさんがいっぱい居すぎっていうのも…。そんな町はどうでしょう?」


 「動脈硬化でありますとか昔は、脂が血管に詰まるんだと思われていたんですね。」

 「今でも私は、そう思ってます。」

 「実はそうではなくて、

                  実際には活性化されたマクロファージが、血管を硬くしたり狭くしたり、

        そういったことによって動脈硬化が起こっているということが分かってきてます。

 「ああ、じゃあ悪いお巡りさんが出てきちゃうみたいな感じなんですね。」

 「そんな感じ、そうですね。
        人間だと一回だけの間違いとかあると思うんですが、

        免疫っていうのは、一度間違えて、その後ずーっと同じ間違いを繰り返してしまいますので、

        だから一回で終わらない。そのあと、ずっと続いてしまう。」

 MCです。
              「メタボも主犯は免疫細胞の暴走だそうです。」

                     詳しくは濱崎洋子先生(医学研究科・准教授)にお伺いします。
   「メタボリックシンドロームっていうと、いろんな疾患を思い浮かべられると思うんですけれども。
                    高血圧、糖尿病、心臓系の疾患であるとか、そういったものが

                    実は免疫系が意外なところでつながってるんだということが分かってきてます。
                    免疫細胞の暴走という観点から見ると、

                    本当は微生物をやっつけるために出しているようなサイトカイン。

                    炎症性のサイトカインがたくさん出ている。

                    そういったものをジワジワ出すことによって組織を痛めてしまっていると。」

サイトカイン
サイトカインは、先ほどもご紹介したとおり、免疫細胞が放出する物質です。
攻撃命令になったり、病原体の動きを鈍らせたりします。
ところが、このサイトカイン、一つ間違うと大変厄介な問題を引き起こします。
免疫細胞の暴走によって、サイトカインが所構わずまき散らされると、

体中が免疫細胞の攻撃対象となってしまいます。
この状態こそ、全身が老いていく最大の要因です。
例えば血管では、マクロファージの必要な攻撃により動脈硬化が引き起こされます。
それだけではありません。
全身の筋肉は、血管を通してエネルギー源となる糖分を消費しています。
ところが、この血管がサイトカインに浸されると…。
糖分を取り込むことができなくなります。
その結果、血液中に糖分があふれてしまう。
これが糖尿病です。
これまで全く別の病だと思われてきた動脈硬化糖尿病
しかし、どちらにも免疫細胞がサイトカインをまき散らすことが関わっているのです。


免疫細胞の暴走を食い止めれば、老いそのものを抑えることができるのではないか。


その可能性を示す実験が、カリフォルニア大学で行われました。
実験に使うのは、生後3年、ヒトでいうと100歳近いマウスと

生後3ヶ月、ヒトにして10歳前後のマウスです。
2匹のマウスを人工的につなぎ合わせます。
皮膚をつなげると、内側の血管も一緒に癒着し血液が混ざります。
すると、高齢マウスの血液中のサイトカイン濃度が下がることが期待できます。
つなぎ合わせたマウスの全身の細胞に、どんな変化が生まれるのでしょうか。
最も顕著な変化を示したのは筋肉の細胞です。
こちらは、手術前の高齢マウス。
赤い部分が筋肉です。
僅か5週間後、筋肉が大幅に増加。老化による体の衰えが回復したのです。

勿論、この方法をヒトに適用することはできません。

でも、こうした実験を積み重ねることで、

年齢の体の衰えの殆どに対処する方法が見つかるのではないかと期待しているのです。


●免疫細胞の暴走そのものを止めることはできるのでしょうか?


     「その免疫細胞が、なぜ突然暴走とかするんですか?」

 「免疫細胞というのは、ネットワークなんですね。

                  その司令塔するのがT細胞なんですけれども。」


                    「  じつは、“T細胞そのものが判断能力を失う”というか、

                 “性質をまず変化させてしまう”といったようなことが知られています。
                     ですので、T細胞がちょっと間違った指揮をし始めると、

                     本当は病原体をやっつければよかったのに、それが自分に向いてしまったりします。」

 「じゃあ、ずっとちゃんと働いてたリーダーなのに、ある日突然、もう僕やんなったって言って、

                  T細胞自体が要するに暴走細胞になってたってことですか?」

 「はい。」

 「なぜなんですかね。」


免疫細胞たちのリーダー、T細胞はなぜ、暴走してしまうのか。
じつは、そのヒントは、T細胞が一人前の司令塔となるための道のりに隠されています。
その道のりをたどるために、大人ではなく、子どもの体を見ていきましょう。


子どもの心臓の真上には小さな臓器、胸腺があります。
この胸腺、T細胞を作るうえで欠かすことができません。
胸腺の中はT細胞だらけ。


じつは、骨髄で作られたT細胞たちは、司令塔として働く前に、ここにいったん集められます。


T細胞の表面をよーく見ると、小さな突起が並んでいます。
体の中で異物の正体を見極めるためのアンテナです。
このアンテナの形に異物がピッタリはまると、病原体と判定されるのです。
このアンテナ、T細胞ごとに形が違います。
その種類は、数百万以上。
あらゆる病原体に対応する備えです。

 「あれは、一つずつのアンテナが異物の、その病原体に対応するんですか。
   それこそ何百万種類とか言ってましたけど。」

 「そうです。私が一個一個のT細胞だとすると、

  私はまあこれ、山中先生はこんなの、野田さんはこんなのとか、
  それは、どうやって作るかというと、簡単にいうと、適当にじつは作ってるんです。

  ランダムに。
  それを全部そろえておけばどれかにいけるやろう、っていうことなんですね。」

                 「なるほど!」

 

 もちろん、適当に作れば完成というわけにはいきません。
そのあとT細胞に待ち構えているのが、厳しい選別です。
よく見ててください。


胸腺の壁に触れたT細胞が次々と死んでいきます。
じつはこれ、胸腺の細胞が、T細胞のアンテナの性能を瞬時にチェックしているのです。
アンテナの性能が少しでも悪いと判断すると、そのT細胞ごと壊してしまうのです。


生き残るT細胞は、僅か5%以下。
この厳しい選別を乗り越えて初めて、T細胞は司令塔として実戦に向かうのです。

 

 「すごいね、だって、それ訓練場なわけじゃない。
   それで(僕、こんなアンテナ作りましたけどいかがでしょう)って言うと、(お前ダメだっ!)って言って、

   そこで退治されちゃうんだ。」 「外に出て行く前に。」
 「はい。」


ところが、T細胞を一人前に育て上げる胸腺には、大きな異変が待ち受けています。
なんと、思春期を過ぎると胸腺はほとんどなくなってしまうのです。
胸腺がなくなってしまうと何が起きるのか。


これは、血液中のT細胞を捉えた写真です。
20代と70代では、数はあまり変わりません。
ところが、正常な判断力を持ったT細胞だけに絞ってみると…。
70代は1割程度に激減。
つまり、胸腺がなくなって新しいT細胞の補充が不可能になると、

古くなったT細胞が次第に判断力を失っていくのです。

 

 「打ち止めってこと?」

 「T細胞が作られないと、免疫のシステムっていうのは成立しないんですよね? 」

    「なので、T細胞というのは、随分長生きしないといけないんですね。

                     その分、少しずつ、やっぱり判断能力を失うんですね。」

     「胸腺が、ある年代になるともう要らなくなるっていうのは、どうしてなんですか?」

「そこ、ちょっとおもしろいんですよね。体っていろんな仕事しないといけないですよね。
やっぱり、100作って95捨てるというのは、ものすごくエネルギーの無駄なんですね。

本当は維持したいんだけれども、維持できないのかもしれません。」

 「えっ、リストラされちゃうの?」

               「そうかもしれません。」

 「役割を終えた胸腺っていうのは我々にも、まだ今この辺に…残骸はあるんですか?」

 「先生、まず見えないですよね。」

 「もう、やっぱり50、60になると、ほとんど見えないです。」

 「全部、作りましたと・・・。 (この人体のためのT細胞、全部作りましたから、

                   私は失礼させていただきます)っていうことですか?」

 「一つの考え方は、生物として見たら次の子孫を残すと。

   そこに、かなり存在意義が…生物としてはあるんですね。
  人間の場合、20歳ぐらいまでの生殖年齢までしっかり生きてもらって、

  子孫さえ残してもらったら、もうあとは知らんと。」

 「個体としては20代ぐらいでいいんじゃないかって…。」


細胞たちがしっかりと働くのは、生まれてからせいぜい20代まで。それが大原則です。
覚えていますか?第1回で見た神経細胞。


新しい回路を次々と作るのは子どものときだけ。あとは大幅に制限していました。
第2回で見た思春期も目的は生殖中心に切り替えること。
免疫細胞も同じ原則が貫かれています。
T細胞を作っては壊すというぜいたくが許されるのは、思春期まで。
あとは、やりくりするしかありません。
思春期以降は、細胞からの十分なケアは期待できない。
これこそ、細胞が私たちに強いている宿命なのです。
ところが、その宿命は今、大きな転換を迎えています。
その最前線ともいうべき研究がここ、京都大学で行われています。

 

去年、ある研究成果が発表されました。

この小さな無数の粒。
じつはこれ、人の手で作り出された人工T細胞です。
大人になると、T細胞はほとんど作られないという宿命。
人工T細胞は、この宿命を乗り越える可能性を秘めているのです。
可能にしたのは、あのiPS細胞です。

老化によって、新しく作ることができなくなったという部分を、

このiPS細胞化して再生する。そういう方向で十分に使えると思います。


iPS細胞を作り出すのは、山中ファクターと呼ばれる遺伝子です。
この遺伝子を細胞に入れることで、細胞の時間をいわば巻き戻すのです。


T細胞を含め、すべての細胞は受精卵から生まれます。
「この流れは一方向である」と長く考えられていました。



ところが、山中ファクターを入れると、受精卵のような万能細胞に逆戻り。
この魔法のような力が、iPS細胞の源なのです。


体からまず、正常に働くT細胞を取り出し、山中ファクターを加え、iPS細胞にします。
それを特殊な条件で培養し、再びT細胞に戻します。


こうして作られたT細胞には、大きなメリットがあります。
異物を識別するアンテナは、もとのT細胞と同じです。
その性能は、すでに胸腺でチェック済みのため、すぐに実戦に使うことができます。
新鮮なT細胞をむだなく大量に生み出し働いてもらう。
いわば、細胞が見捨てた私たちの余生を人為的に救う道が開かれたのです。

 「なるほど。」

 「出ました! iPS細胞。 体から取って、それを増やすと。」

 「はい。iPS細胞に変えて、T細胞は全然増やすことはできないんですが、

                   iPS細胞にすると増やすことができますので、増やしたあとでもう一度、T細胞にすると。

                   iPS細胞にすると無限に増やすことができますから。」

 「でも、いちゃもんつけるようでなんですけど、

                   iPS細胞ってものも、いわば自分の体にとっては、よそ者じゃないですか。」
 「あっ、それは鋭い。その通りです。

                   iPS細胞そのものを体に入れると、恐らく免疫が攻撃すると思います。
         でも、iPS細胞からT細胞に作ると、あっ、仲間だと。お前、見たことあると。」


 「でも、似て非なるとか。」


 「それが今、本当に大丈夫かと。

                   もともとの細胞と同じように働いて、同じように免疫に認識される、

                   免疫に攻撃されないか、そういった研究。
         で、ほぼ大丈夫だということが分かってきています。」

 「それは、すごい発見ですよね。」

 「はい。これまでは、糖尿病の方に対してはどうやって血糖値を下げるか。

   動脈硬化の方にはどうやって血中のコレステロールを下げるか。
   いわば、個々の治療といいますか、対症療法といいますか、

   そういう治療が中心だったんですが、
   そうじゃなくて根本にある免疫の異常を、一番の大元(根源)をたたくことによって、

   たくさんの病気をいっぺんに治せるんじゃないか。
   糖尿病であるとか、動脈硬化、そういう病気にも同じ薬が効くんじゃないか。

   そういうことを夢みて、今、研究を進めています。」


iPS細胞は今、他にもさまざまな可能性を生み出しています。
こちらをご覧ください。



 脊髄が傷つき下半身が動かなくなったマウスです。
 神経の細胞は、一度傷つくと二度と再生できません。
 これまで治療する方法はありませんでした。
 ところが今、iPS細胞の技術は人工の神経細胞を生み出すことに成功しています。
 これを脊髄が傷ついたマウスに注射すると…。
 40日後には歩き始めるようになりました。
 iPS細胞の技術は、細胞が持つ宿命を乗り越えようとしているのです。


 「理論上はですね、皮膚の細胞からiPS細胞を作って、

                   そこから精子とか卵子を作り出すことも、

                   もうネズミのレベルでは成功していますので、やはり、人間私たち科学者が、

                   どこまで本当に生命に操作を加えていいのかっていうのは、

                   iPS細胞の研究を通しても非常に日々、こう悩みながら行っているところがあります。

 

「そのiPS細胞によって自分…

例えば病気であるとか自分がなったときに、そのお世話にはなりたいですか?」

 「いや、心情的には痛い思いしたくないし、治りたいと思うだろうから、

   そうするとなりたいかもしれないんだけども、人間弱いから…。
   でも、やっぱり自然体かどっかの、

   神様が作った人体っていうものを人間の力で凌駕しようっていうのは、

   それをどこまで人を救うためなんだって言い続けられるのか…。」
   「フフッ、ごめんね。」

                   

                     「でもね、その線引きっていうのは誰がするかっていうのは、やっぱり難しいですよね。」

 「これは、私たちもよくそういう議論していますが、

   決して科学者が決めることではなくて、

   やっぱりみんなで決めることとしか言いようがないんですね。
   科学者じゃなく、政治家でもなくて、普通の人がどう思うか。

   また病気の人がどう思うか。全然、考え方が違うんです。
   病気じゃない人に聞いた場合と、その方が病気になったあとで聞いた場合では、

   全然答えが変わったりしますから。」

 「やっぱり、たったそれさえあれば治る病気とかあるわけで…。すばらしいと思いますけどね。」

 「山中先生ご自身はどう思われますか?」

 「いや、僕は老衰で死ねたら一番いいなと思うんですが。
  ただ、それより前にですね、

  事故とか、いろんな病気で歩けなくなったり、麻痺してしまったりとか、

  それはできたら自分にも起こってほしくないし、家族にも起こってほしくない。
  運命っていうのは、変えれなかったら運命なんですけれども、

  変えれる可能性があったら、それは運命じゃないと思うんですね。
  今例えば、交通事故とかスポーツで脊髄損傷になったら、

  今の運命というのはそのあと、もう車椅子しかないんですが、

  ただ、今どんどんiPSをはじめいろんな医療で、その運命だけじゃなくなる可能性がある。
  脊髄損傷に遭っても、もう一度歩ける可能性があるんですね。
  それは僕らはぜひ実現したいと思っています。」

                  

                    「そういう技術が、逆に出ることによって、

                     ぼんやりとしか死を考えてない我々が、もう一回考えるってこともありますよね。」


細胞の力はすでに新しい医療を切り開いています。
iPS細胞よりも早く実用化を目指している再生医療を見てみましょう。


太田泰弘さん、62歳。
重い心臓病を患っています。
拡張型心筋症という病。


原因がはっきり分からず、国の特定疾患にも指定されている難病です。
太田さんの心臓は普通の人と比べ大きく肥大しています。
その負担で心筋が弱りポンプの力が半分以下に落ちています。
心筋の細胞も神経細胞と同じく再生しない細胞です。
これまでは有効な治療は限られていました。


太田さんが命を託したのが、細胞の力を使った再生医療です。
心筋の細胞をよみがえらせる切り札として期待される細胞シートです。


直径3cm、6000万個の細胞の集合体でできています。
このシートを心臓に貼り付けるだけで弱った心筋がよみがえるというのです。


シートの細胞は、培養皿から出されると栄養が足りなくなります。
すると、周りにある心筋細胞に助けを求め血管を伸ばしてもらいます。
息を吹き返したシートの細胞は、今度は弱った心筋細胞を助ける物質を出します。
細胞同士の相互作用によって、弱った心臓の機能が回復していくのです。
いよいよ手術の日がやってきました。


太田さんの細胞から生まれたシートが、弱った心臓に貼り付けられていきます。
心臓の細胞は再生ができないという、これまでの宿命。
それを細胞自身の力を借りて乗り越えようという時代は、確実に始まっているのです。

 「いや、やっぱりすごいですね。
   細胞シートとかでも若い細胞が、ただ触れるだけであれだけ再生してしまうとか。
   なんか、命の根源だと思うんですけど。」

 「細胞の一個一個が、決してロボットの部品のように無機的なものではなくて、

  一個一個が生きていて、お互いにコミュニケーション取り合いながら、

  それが少しでも破綻してしまうと病気になると。
  私たちに必ず死は訪れますが、それも細胞が原因で死がやってくると。
  本当にいとおしい、けれども恐ろしい存在であります。」

 

  「細胞が、なんかこう壊れてしまったり、自分を殺したりとか、

  そういうのを見てたりすると、なんかそれも全部含めての命ですよね。」

 「そうですね。
  やはり、僕にとっては、理想の死に方っていうのは、

 “ 僕の全身の60兆個の細胞がそれなりに納得して生命を終える ” というのが

  僕にとっては理想の死に方で。
  どっかの細胞だけが先走って、

  どっかの細胞だけの原因で死んでしまうのはちょっと、ごめんだなと。」

 「やはり自分たちが生き物として、そこを少しずつ老いて、

  細胞がゆっくり諦めていくみたいにして、

  諦めることも大事なんだなっていうのを逆に僕なんか感じて見てました。」

 「そうやって私たちが今、こうやって生きているっていうのは、

   ある意味奇跡に近い状態だなと本当に思います。

 

私たちの体を作る60兆の細胞の力。

シリーズを通して山中さんが語ったのは、細胞の奥深さでした。

 「細胞のポテンシャルはすごいです。

  細胞のほうが細胞の持ち主である私たちよりも悟っているのは間違いないと思います。

  はっきり言って細胞のほうがうわてろいうか、

  細胞を見ているとやっぱり、こんなにすごいものは神様にしか作れないなと。」

 

じつは、山中さんの作ったiPS細胞も細胞自身の力を借りたものです。

 

覚えていますか?シリーズの最初に紹介した受精シーンです。

 卵子という細胞と精子という細胞。

 この2つの細胞の出会いが受精です。

その結果、作られる受精卵はどんな細胞にもなれる万能性を持っています。

卵子も精子ももともとは受精卵から作られた細胞です。

それが出会うと、まるで時間が巻き戻ったかのように受精卵が誕生する。

次世代へと命を受け継ぐために

細胞が作り出したこの仕組みを借りてiPS細胞は存在しているといえるのです。

ごく一部を制御したつもりになっていますが僕たちは、

なんというか手のひらの上で、ちょっとこう遊ばさせていただいているというか。

始まりは、たった一個の細胞。

そこから60兆の細胞たちが繰り広げる、長い旅。

その旅をたどることは私たちの宿命を知ること。

同時に、宿命にあらがう道を知ることでした。

私たちの命をどう輝かせるのか。

細胞は、それを私たちに委ねています。

 

 

※NHKスペシャル 人体 ミクロの大冒険3▽あなたを守る!細胞が老いと戦う

老いるとは何か。老化を招く原因のひとつが免疫細胞の衰えだ。その克服のためにiPS細胞を使う最先端研究が始まっている。

最終回は、細胞社会終えんと克服の最前線を探る

詳細情報
番組内容
老いるとは何か。

死とは何か。最終回は、細胞社会終えんのメカニズムとその克服の最前線を探っていく。細胞社会の大原則は「生殖優遇」だ。

次世代に命をつなぐため、生命は生殖を優先する仕組みをさまざまに進化させてきたのだ。

そのひとつが免疫細胞の補充の中止だ。補充の止まった免疫システムの衰えが老年病を招いている実態が見えてきた。

老化とその克服の研究最前線、特に万能細胞をつかった再生医療を取り上げる。
出演者
【出演】ノーベル生理学・医学賞受賞、京都大学教授 山中伸弥,野田秀樹,阿川佐和子